エリザベートのミュージカル

エリザベートのミュージカル

ウィーンミュージカル版や宝塚歌劇の雪組、東宝版など劇場やDVDでも人気のエリザベートのミュージカル。
エリザベートのミュージカルとはどんなミュージカルなのか、どんな風なのか、どんな感じなのかを紹介しています。

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宝塚歌劇でのエリザベートのミュージカル

エリザベートというのは宝塚歌劇団が1996年に初めて演じた、ウィーンの代表的ミュージカルの一つの名称です。

このエリザベートの脚本と作詞というのはミヒャエル・クンツェ氏が行い、作曲はシルベスター・リーヴァイ氏が行っており、ウィーンでの初じめての公演から既に好評になっていて、ヨーロッパ各国でも何度も上演されているような有名なミュージカルです。

エリザベートの物語のストーリーというのは、オーストリア帝国とハンガリー帝国との二重帝国の皇后であったエリザベートの一生をファンタジーを織り交ながら描いたミュージカルになっています。

日本では長い間、エリザベートのミュージカルと言えば、宝塚歌劇団のエリザベートと言うことでなじまれており、人気も高いものでしたが、オリジナルであるウィーン版のミュージカルとは、構成を客観変えていて、オリジナルのウィーン版では主役がトートなのですが、宝塚歌劇団では、エリザベートを主役に変更したストーリーになっているのです。

宝塚歌劇団で初めて公演した時の主役というのは、花總まりさんが行いましたが、その後で初じめての公演ではトート役を演じていた一路真輝さんは、東宝版のエリザベートでは、今度はエリザベート役を演じることで、大変好評を得ました。

宝塚歌劇団では初じめての公演からその後、雪組から始まり、星組では白城あやかさん、宙組では花總まりさん、花組は大鳥れいさん、月組は瀬奈じゅんさんという感じで、エリザベートの役を受け継いでいます。

またその後第二期として、雪組にまた戻って主役であるエリザベートを今度は白羽ゆりさんが演じました。

東宝でのエリザベートのミュージカル

東宝版でのエリザベートというのは、初じめての公演というのは、2000年に行われて、2001年、2004年という風に、定期的に何度も公演が行われています。

東宝版でのエリザベートというのは、宝塚歌劇団のものよりもオリジナルに近い形での、またウィーン版のエリザベートが再演されていることもあり、演出の方法なども大きく影響されているようです。

東宝版やオリジナルであるウィーン版のエリザベートのストーリーというのは、トートを中心に物語は展開して、ドイツ象徴主義的感じが強いものになっていて、ハプスブルグ家の歴史的な崩壊期にあたる時期のスキャンダルをもとにして組み立てられています。

この時代のハプスブルグ家に関する物語では、ルードヴィッヒ2世などを題材して作られたルキノビスコンエィのドイツ三部作であり、その中にもルードヴィッヒと言う映画が有名です。

このルートヴィッヒもエリザベートと深い関係を持っていて、エリザベートから見るとルードヴィッヒという人は、同じハプスブルグ家の親戚関係になるのですが、彼が狂気になるきっかけとなったものが、エリザベートがルートヴィッヒへと勧めた結婚が失敗に終わったためだと言われています。

エリザベートのミュージカルというのは、日本でも美輪明宏さんがエリザベート役を演じており、ジャン・コクトーの双頭鷲の中でも、また森鴎外のうたかたの記の中にも出てきたりしていますが、いずれも貴族社会が崩壊する象徴として扱われており、それは奇しくもルードヴィッヒ2世と同様に、格好のテーマとして用いられています。 またエリザベート自身が、絶世の美人であったのと同時に、今ではよく知られていますが、拒食症的な面があり、心身症をも患っていただろうと言う風に、疑問を投げかけている歴史研究者もいるくらいです。

これらのストーリーと言うのは、いかにも宝塚歌劇団や劇団、映画が好むようなテーマであると言えるでしょう。

宝塚歌劇団とは

宝塚歌劇団(たからづかかげきだん)は、女性のみからなる日本の歌劇団。阪急電鉄が運営。なお阪急電鉄「創遊事業本部歌劇事業部」が事業を担当しているが、歌劇団自体は「阪急電鉄の直轄組織」となっている。このため劇団員は阪急電鉄の社員扱いとなっている。

* 創設の当初から「老若男女誰もが楽しめる国民劇」を目指し一躍有名になった宝塚である為、現在も、演目は健全かつどの世代の人が見ても楽しめるものである。芝居やショーのテーマは古今東西にわたり、歴史劇、ファンタジー、そしてSFまで多岐にわたる。 * 一般には「宝塚歌劇」を「タカラヅカ」や「ヅカ」、宝塚歌劇の団員を「タカラジェンヌ」(パリジェンヌのもじりで、団員たちは「宝塚乙女」と自称)、宝塚歌劇のファンは「ヅカファン」と呼ばれる。彼女等のプロフィールに誕生日は公開されるが、生年は公開されない。宝塚音楽学校と一体だったときのなごりで団員は「生徒」、稽古場は「教室」、演出家は「先生」と呼ばれる。

* テレビ放送が普及した頃、一時期観客動員が低迷し、一部のマスコミからも酷評を受けたことがあった。この状況を打開すべく、1974年に池田理代子原作の漫画『ベルサイユのばら』を舞台化を企画。往年の映画俳優・長谷川一夫を演出に招き、漫画を題材とするなど、異例中の異例であったこの舞台版ベルばらは大成功を収め、「タカラヅカ」は再び脚光を浴び、多くの女性が宝塚歌劇に憧れるようになった。特に養成機関である宝塚音楽学校の倍率がそれまでは4倍前後であったのが、『ベルばら』後は20倍前後になっている。

* 当初、劇団員の芸名は百人一首にちなんだ名がつけられていたが、ネタが尽きたため百人一首に固執せず、現在では劇団員が自分で自由につけている。過去にタカラヅカにあった芸名と被らないようになっているが、瀧川末子のように親娘3代で名乗る(2代目のみ「滝川」)芸名もある。

* 劇団のシンボルソングのようになっている「すみれの花咲く頃」は戦前のドイツ映画主題歌「リラ(またはライラック、ニワトコ)の花咲く頃」をフランスでシャンソン化して歌われているのを聴いた白井鐵造が持ち帰って詞をつけたもの(原曲のドイツ語版のCDなども発売されている)。歌劇団のみならず阪急百貨店の開店時にも演奏されるなど阪急東宝グループの象徴的なテーマ曲となっている。

団員は、全員付属の「宝塚音楽学校」で予科、本科あわせて2年間の教育を受けることになっている。音楽学校卒業後も研究科の「生徒」と呼ばれる。これは、宝塚歌劇が発足当初、劇団員が「芸者や舞妓のようなもの」と揶揄されたことに、小林一三が怒り「宝塚歌劇は良家の子女に高等なる音楽教育を施した「生徒」によってなされるものである」といったことに由来する。一三翁のかかげた創立の理想「良妻賢母」の実現のため、結婚すれば退団となる。

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